気体の流量を超精密に調節できるバルブを作りたい。そのためには流路の断面積を少しずつ変化させればよく、たとえば、図1に示すように、気体が絞られる隙間を1μmずつ変化させればよい。そこでこれまでのように、隙間をねじで調節してみたが、1μmずつ動かすのは非常に難しかった。さてどうすればよいか。熱膨張を使う。たとえば、穴は高膨張率、軸を低膨張率の材質にしておいて穴と軸を一緒に加熱すると、穴と軸との隙間を1μmオーダで制御できる。現在では、真空中に微量ガスを流す「マスフローコントローラ」が半導体産業で広く用いられているが、これは図2(a)に示すように、電歪で動くピエゾ素子を用いている。分解能0.001μmで隙間を制御することも可能である。図2(b)に示すように、熱膨張を使うと、冷却に時間がかかるから、オンオフを1秒ごとのように頻繁に繰り返すものには向かない。従来から使用しているねじに注目して、その精度を桁違いに上げることを開発の目標においても、現在ならばそれなりの結果が得られる。確かに、ねじは“精密ねじ”でもピッチむらは10μm程度生じ、さらに5μmのバックラッシュが生じてしまう。しかし、誤差は再現性があるから、予め測定しておけば補正できる。普通のねじは0.5mm程度が最も小さいピッチだが、それより小さくするには差動ねじを用いる。これはマイクロメータに使われている機構であるが、1回転で右ねじで前に0.5mm進んだら、左ねじで後ろに0.45mm戻るように設計する。1回転で50μm進むので、角度を調整すれば分解能1μmで隙間を調整できる。もちろんバックラッシュはいくらか生じるので、必ず一方向から並進する。さらに、ここでボールねじを使うと分解能がもっと小さくなる。図2(c)に示すように、ダブルナットにして中にばねをはさんでおくと、バックラッシュもなくなる。さらに並進ガイド(図では省略)も摩擦の小さい転がり直動軸受にすると、分解能0.01μmでバックラッシュなしという機構も可能である。工作機械では、ほとんどの機械がこのボールねじを用いているが、それはボールねじの全長を長くしておけば、ストロークがいくらでも稼げるからである。一方、マスフローコントローラはストロークが10μmもあれば十分なので、ピエゾ素子を用いている。これは剛性の高い、それこそ固体結晶が伸び縮みするので、並進ガイドが不要になり、構造が簡単になる。ただし、積層形ピエゾ素子を使う場合、常に圧縮応力が働くように上下からおさえたり、湿度を高くしないようにシールしたり、いくつかの副次的な機能を満たす機構にノウハウが必要である。しかし、それでも、ボールねじと転がり直動軸受との組立調整が難しいので、それに職人の“名人芸”を期待するよりは、ずっと設計が楽になる。(参考文献:中尾政之、畑村洋太郎、服部和隆「設計のナレッジマネジメント」日刊工業新聞社)


図 1.ねじで隙間を調整するバルブ


図 2.各種の超精密バルブ

【思考演算の説明】
 この問題は、隙間を制御するのにマクロ構造のねじやカムを使うのではなく、「ミクロ構造に注目して結晶が動くものを考えよう」というのがねらいである。結晶が動くものとして、このほかに電歪や磁歪を使うとよい。なお、この例のように、機構は複数の候補の中から、選択できる。しかし設計者は、仮に機構はこれしかないと思いこむと、それで達成できる範囲の機能を逆提示するという性向がある。たとえば、分解能は1μmより小さくなりません、というように、顧客の要求でなく、自分の都合を答えるようになる。主客転倒である。機能は機構に優先する。