1972年にペルシャ湾のダス島付近の海底にラインパイプが敷設されたが、操業開始後数週間でパイプに水素誘起割れ(HIC, Hydrogen Induced Cracking)が発生し、原油が海上に流出した。水素誘起割れとは、炭素鋼および低合金鋼が硫化水素を含む環境にさらされると、腐食によって発生した水素が鋼中に浸入して局部的に集まり、図1のように、鋼材の圧延方向に平行な割れを発生する現象である。
その後耐HIC鋼材の開発が進んだ。
引用文献〔1〕R.R.Irving:Iron Age, June 1974.8, p.43-45
〔2〕小若正倫:金属の腐食損傷と防食技術、p.207、210、アグキ(1983)
【非技術的背景】
HICはそのとき発見された新しい現象ではなく、1945年頃、米国の原油精製会社によって現象が認められており、我が国でも1965年頃から脱硫装置などに発生している。ラインパイプでは米国で1954年頃、HIC事例が発生しているが、当時はまだそれほど重要視されていなかった。それが、1972年に、ペルシャ湾で本件の海底ラインパイプの原油流出事故が発生し、さらに1974年にサウジアラビアでサワーガス(硫化水素を含む天然ガス)輸送ラインパイプが、操業開始後数週間で約10kmにわたって割れるという事故が発生したため、HIC事故が注目を浴びた。
ペルシャ湾とサウジアラビアで、オイルショックとほぼ同時に発生したラインパイプのHIC事故は、耐HIC鋼材の開発を大きく進展させた。また、その後の大規模サワーガス油井と、サワーガスの大量長距離輸送ラインパイプとの開発のためにも、油井管・ラインパイプの安全性・環境保全の面から、耐HIC鋼材の開発が必須であった。
技術の進歩は、需要を駆動力にして急速に発展していくことがわかる。事故再発防止を早急にとることが、新たな技術開発を生み、それがさらに需要の拡大を加速していく、といえる。