図のように、生けすの中を動き回る魚の数を数えたい。数10匹のアジが泳いでいる生簀を前に、何匹か答えられる人はいないだろう。さてどうすればよいか。生けすの写真を撮っておいて、写真で数を数える。考えてみれば、測定の多くは、検出と判断とをリアルタイムで行うものではない。特に近頃の学生は、この検出と判断との分離の傾向が顕著である。つまり、検出してコンピュータにセーブすればもう終わり、グラフを書いて判断するのはまた明日、という人が多い。次の日、ロードしたら、センサが断線していてデータはゼロが続いていたのにやっと気が付いた、なんてことがよくある。教師としては、何で“けり”の良いところまで終わらせないのだと言いたいが、ちっともいうことを聞いてくれない。スポーツで行う写真判定も、検出と判断がリアルタイムではない測定のひとつである。アメリカンフットボールで問題になったように、いちいち写真判定とその協議を行ないすぎると試合がダラダラ長引いてしまう。もちろん、両者をリアルタイムでやることは技術的に可能であるが、どうしても人間の判断を捨てきれないのが実情である。たとえば現在の技術を使えば、ボールがストライクゾーンをよぎったかどうかmmオーダでレーザ検出できるが、キャッチャーの後ろに判断用のロボット審判が置いてあるのは興ざめである。また、競馬・競艇・競輪は、写真判定による判断だけがわかりやすく、走路妨害のように人間の判断が入るとややこしくなる。結局、人間は判断を時には間違えるものとして、審判の誤審も外乱のうちと割り切っている競技が多い。(参考文献:中尾政之、畑村洋太郎、服部和隆「設計のナレッジマネジメント」日刊工業新聞社)
【思考演算の説明】
これは検出と判断の時間分離の例である。