溶鉱炉では、クリンカーと呼ばれる、酸化マグネシウムと酸化カルシウムが、副産物として産み出される。これを建築材料の砕石として再利用したい。ところが溶鉱炉から流れ出した約1,000℃のクリンカーを、貨車で建材会社まで運ぶのが大変である。何しろ図1に示すように、貨車の中でクリンカーの1/3の量が“湖水の氷”のように固まってしまい、建材会社において硬い固形物を砕いて石にするのに骨が折れる。できるだけ多くの量を溶けたまま運びたいが、安く作るために、貨車を大幅に改造したり、固まったクリンカーを再溶解したりすることは避けたい。つまり、溶けたままでできるだけ多く運びたい。さてどうすればよいか。図2の(a)に示すように、クリンカーに水を噴霧して蒸気の気泡を作って固まらせ、クリンカー液体の表面にそれ自身の断熱材を作る。出口のない空気は断熱材として有効に働く。毛糸のセーターでも羽毛布団でも、毛糸や羽毛自体が断熱材の働きをするわけではない。そこに閉じこめられた空気がするのである。セーターを着ていても風が吹いてきてスースーだと、空気が閉じこめられず寒くてしようがない。であるから、クリンカーの気泡も発砲スチロールのように、独立気泡になることが大切である。蛇足になるが、閉じこめられた空気より断熱性のよいものが、閉じこめられた真空である。魔法瓶が良い例である。2重殻の隙間は真空になっている。仮に何か真空の種となる物質があれば、それをクリンカーの液体に振り撒けばよい。真空の泡ができる。実際はそんな都合のよい物質はないが、1,000分の1気圧程度の低真空を、1,000,000分の1程度の高真空に変えるものはある。チタンである。ゲッター材として他の分子を吸着してくれる。
 鋳造では、“押し湯(おしゆ)”という、凝固収縮した体積分だけ液体を継ぎ足す時に問題になる。冷たいところから液体が固まっていくから、真ん中が凹んでくる。凹んだ上の部分を切ると歩留が悪くなる。そこで注湯した湯面と上部の型表面を断熱材で固め、下から一方向性凝固したい。後者の型表面として、懐炉(かいろ)のように、テルミット反応で発熱するセラミクスを使う。ところが前者の湯面の方は収縮に伴って移動する断熱材が必要である。そこで、“瑞穂(みずほ)”の国である日本では、図(b)に示すように、籾殻(もみがら)を用いる。主成分はカーボンだが、ほとんどが空気だから、適当に蒸し焼き状態になると、穴の開いたコークスのようなカーボン断熱材になる。鉄との反応は微小で、粉なので細い湯口に倣って詰まり、軽いので湯面を変形させない。クリンカーを断熱するのにも、籾殻でも藁(わら)でも使えば同じ効果が得られるだろう。なお、蛇足ながら、高炉では、不純物の少ない良質の鉱石を使っていても、スラグの発生量は、鉄1tonに対して300kg程度と多い。つまり、日本で年に1億トン粗鋼を作ると、30%の3,000万トンもスラグができる。これは主にセメントに利用している。(参考文献:中尾政之、畑村洋太郎、服部和隆「設計のナレッジマネジメント」日刊工業新聞社)


図 1.クリンカーが固まる


図 2.湯面を保温する

【思考演算の説明】
 この問題では、「冷やすな」という課題に「冷やす」ということで対応している。冷やすなという心理的惰性が大きいと、水の霧をかけることなど思いつきようがない。この問題を解く時に、ここでは溶けたクリンカーと空気しか存在しない、とモデルを考えるとよい。その2つで断熱材が作れるように、この2つが技術的に対立するのを解消させればよい。このモデルを構築する方法をARIZ(ロシア語の頭文字をとった略語で、発明問題解決のためのアルゴリズムという意味)と呼ぶ。