失敗百選 〜タイプ3ドアの掛け金の欠陥〜

【動機】
厳しい経済状況のなかで、企業における経費削減の重要性は増している。しかし安全性という最優先事項を軽んじることは、企業への信頼を損ない、社会に与える影響は大きいということを改めて示したかった。

【日時】1991年8月3日

【発生場所】米国アラバマ州の路上

【全経済損失】192億円(1億5千万ドル)

米国アラバマ州の路上で、General Motor(GM)社製のSUVの後輪車軸が壊れたために横転した。 横転した際、運転者側のドアの掛け金に欠陥があったために、乗っていた男性が路上に放りだされ、 下半身麻痺状態になった。被害者とのその妻はGM社に対して裁判を起こし、GM社は損害賠償金72 億円(5千万ドル)、罰金120億円(1億ドル)を支払うことになった。

(図:緑色がアラバマ州 Sydrose提供)

【事象】
1991年8月3日、米国アラバマ州の路上で、GM社の1987製Chevrolet Blazer S-10の後輪車軸が壊れ、横転した。 この車を運転していたAlex Hardyさんは、横転した際に、運転手席側ドアが開いてしまったため車外に放り出され てしまった。この事故で、この男性は下半身麻痺となり、生涯を車椅子で過ごさなければならなくなった。   この乗用車のドアの掛け金に欠陥があり、またシートベルトがドアと一体型であったためにこのような事故が発生したとして、 この男性と妻はGM社に対して裁判を起こし、1996年6月3日の判決でGM社は、この男性に医療費等の損害賠償金72億円 (5千万ドル)を支払った。GM社は問題となったドアの掛け金の欠陥について、その危険性を認識していたがリコール を行うことなく、アメリカ社会に大きな不信感と危険を与えたとして、罰金120億円(1億ドル)を支払うことになった。
【原因】
この事故の被害者は、ドアの掛け金に欠陥があったため車が横転した際にドアが開き、車外に放りだされ、 重傷を負ってしまった。さらに1987年製以降GM社の乗用車の多くは、Passive Restraintというシートベ ルト装置をドアに搭載したものが多く、ドアの掛け金が外れてドアが開いてしまうと、シートベルトがその 役割を果たさなくなり、乗客は車外に放り出されてしまう。
事故車に装備されていたドアの掛け金はタイプ3と呼ばれているもので、GM社は1980年代に発表された技術資料のなかで、このタイプ3ドア掛け金には問題があり、基準以下であるので容認できないということが指摘されており、さらに自社の衝突試験でも不合格になっていた。また1982年にGM社が行った調査では、タイプ3のドア掛け金を装備している車に関わる事故のうち、ドアが開いてしまったという事例は毎年1万8000件にも上っていることが判明した。
GM社はタイプ3ドア掛け金のリコールを行ない、改良したタイプ3ドア掛け金と交換することを検討していたが、費用の点から結局リコールは行われなかった。この間、タイプ3ドア掛け金を装備していたGM社の自動車3千万台はそのまま放置され、GM社に対する裁判に提出された資料によると、少なくとも112人が、この掛け金の欠陥よりドアが開き車外に放り出されたことによって死亡していた。

GM社がシートベルト装置をドアに搭載するようになったのは、1984年に制定されたPassive Restraintに関する法律に対応するためであった。Passive Restrainとは乗車時に手動でシートベルトをすることなく、乗車してドアを閉めると自動的にシートベルトを装着したような状態にする仕組みのことである。Passive Restraint装置はドア下部に取り付けられたベルトとドア上部のモーターで動くショルダーハーネスで構成され、GM社は、ドアにシートベルト装置を搭載するように設計を変更し、1987年製の新車から装備し始めた。このシートベルト装置はHoneywell Seat Belt Systemと呼ばれ、ドアと掛け金がきちんと閉まっていれば、事故時の衝突から乗客を守ることができるとされていた。

このPassive Restraintであるが、ショールームでは外されて展示されていることがたびたびあり、 お客に対する説明も十分ではかった。Passive Restraintは乗車後に腰用ベルトを手動で装着しなくてはならないが、 何もしなくても自動でシートベルトが装着されるといった誤った印象を与えることが多かった。

さらにドアにシートベルト装置を搭載するという設計自体にも、問題があった。取り付け部の設計上、シートベルトがロック状態になるまでに数インチ乗客の体が前に移動してしまう。結果として、事故時に乗客が天井やフロントガラスに頭部をぶつけてしまい、状況によっては頭部損傷や脊髄損傷、さらには死亡する可能性が指摘されていた。

National Highway Traffic Administrationが実施した燃料タンク衝突試験においてGM社の車が装備しているタイプ3ドア掛け金は、中程度以上の衝撃で開いてしまい、シートベルトが外れてダミー人形が外部に放りだされることが明らかになった。
このように欠陥がある部品、装置の危険性を認識していながら、必要な対策を取らず放置したことが、事故の原因と考えられる。
【対処】
タイプ3掛け金が欠陥部品であることが判明したあと、リコールを実施しようとしたが、経費節減のためディーラー に持ち込まれた車に対してだけに交換を行うサイレントリコールを行った。この際も車の所有者にはドア掛け金の 欠陥を知らせることはなかった。
タイプ3掛け金の欠陥が原因で起こったとされる事故による訴訟は、賠償金を払うことによって和解させ、 リコールが法的に必要ではなくなるまでの8年間、事実を隠しとおした。
【対策】
1988年、タイプ3ドア掛け金を改良し、サポート盤をつけることで強度つけた。
詳しい【経過】はこちらから
【背景】
1970年代におこった石油危機のため、GM社は全車種への経費削減を余儀なくされた。そのためほとんど 全ての部品が設計変更、軽量化され、ドア掛け金も例外ではなかった。タイプ3ドア掛け金はOhio州Columbus のFisher板金工場で製造され、GM社のドア掛け金の標準部品となった。GM社はタイプ3掛け金の特許を申請せず、 大量生産が開始される前の、正式な破壊検査等を行わなかった。
タイプ3ドア掛け金が使用されていた1978年からその改良型が使用され始めた1988年の間に、GM社は約4100万台 の車を製造し、約1億2300万個のタイプ3ドア掛け金が装備された。タイプ3掛け金を製造していたFisher 板金工場の資料によるとタイプ3ドア掛け金はまさにドル箱だったという。

1989年にGM社の首脳陣は欠陥のあるタイプ3掛け金をリコールし、改良型掛け金と交換するかどうかを検討してい たが、費用がかかりすぎることを理由にリコールを行わなかった。この当時タイプ3掛け金を装備していた車は3千 万台、リコールする掛け金の数は7千万個と推定されていた。リコールを行うと、掛け金1個の交換に部品代370円 (3.09ドル)、工賃約1200円(10ドル)かかり、総額で部品代およそ260億円(2.16億ドル)、工賃840億円(7億ドル) と計算された。
【知識化】
 経費節減のために安全性を無視すると、より大きな被害を後で招く可能性がある。 企業にとって経費節減は重要であるが、安全性に関する事項は、十分に検討し判断する必要がある。
【後日談】
1996年以降も、GM社がリコールしなかったタイプ3ドア掛け金の欠陥による事故は起こっている。2000年、テキサス州 で1986年Chevrolet製の乗用車が事故を起こし、横転、タイプ3掛け金の欠陥のためにドアが開き、運転していた男性が 放り出され、死亡した。この欠陥部品がリコールされていれば、この事故は死亡事故にはならなかったはずであるという 弁護士の判断のもと、GM社に対して訴訟が起こされた。金額は明らかになっていないが、GM社は賠償金を支払い和解した。 GM社はこの男性への過失責任は否定している。
【情報源】
  • http://www.maryalice.com/cases/gm_latch.html
  • http://www.wattslawfirm.com/07_general_motors.html
  • http://www.pvtlaw.com/case/seatbelt.htm
  • http://consumerlawpage.com/article/seatbelt.shtml
  • http://www.motorcities.com/contents/00LJB075827216.html