失敗百選 〜韓国の地下鉄火災(2003)〜

【事例発生日付】2003年2月18日

【事例発生場所】韓国大邱市

【事例概要】
韓国大邱市の地下鉄で、車内での放火で出火し、出火後の不適切な対応から、対向列車も巻き添えにして死者196名、 負傷者116名の犠牲者を出した。地下鉄史上まれにみる大惨事であった。

【事象】
韓国大邱市の地下鉄で、車内での放火で出火し、出火後の不適切な対応から、対向列車も巻き添えにして死者196名、 負傷者116名の犠牲者を出した。
【経過】
2003年2月18日9時52分、安心行き1079列車が中央路に到着する頃、6輌編成1輌目で 容疑者がガソリンの入ったプラスチック容器を鞄から取り出し、ライターを近づける不審な行動をとったため、周囲が 制止しようとしたところ、着火してしまい、容疑者の服に火がついた。その際、慌てて容器を落としたため床から化粧板、 モケット、天井へと炎が広がり、構内に煙が充満した(9時53分ごろ)。
火災を確認した1079列車の運転士は、運転室の消火器を持ち出して消し止めようとしたが、その火勢が強いのを見て、 後部車両へ避難を呼び掛けに走った。
この時点で機械設備司令室に火災警報が出たが、日頃から誤動作が多かったため無視した。また総合司令室でもモニター 監視を怠っていたため確認が遅れた。
9時55分、駅員から総合司令室に「火災が発生した」との連絡が入ったので、走行中の全 車宛に 「中央路駅で火災が発生したから注意運転するように」と伝えた。対向列車である1080列車が手前の大邱駅を発車した後で あった。
1080列車の運転士は、中央路駅の手前200m位から煙を発見し、45m手前にある渡り線を通過する頃に駅が停電した。駅到着 後ドアがいったん開いたがすぐ閉め、発車しようとしたが、同じ頃(9時57分)本線も停電したため、動きがとれなくなった。
9時58分ごろ、司令部とともに送電と発車を試みるが失敗した。 その後、危険な状態となり無線も通じにくくなったため、先頭車のみドアを開けて車外へ逃げ、乗客と地下2階まで避難 したものの、途中で思い直して運転室に戻って動かそうとしたが、動かなかった。
10時8分〜11分に「パンタグラフを下ろせ」「車を殺して(キーを抜いての意味)逃げろ」と いう指示を受け、現場から離れた。1080列車の乗客は編成の両側に逃げた。1、2号車側からは車外に脱出できたが、5、6 号車側ではドア付近に集まっている遺体が確認された。遺留品の時計は、大部分が10時40分を示していた。この事故で死者 196名、負傷者116名の犠牲者を出した。
【原因】
@ 事故の直接原因は、乗客の放火であった。放火を防止するのは困難であるが、今回の事故はこの放火が死者296名の 大惨事につながった理由を指摘したい。
A 非常時の対応のまずさ
・ 防災マニュアルの不備
犠牲者の90%が放火されていない1080列車に集中しており、なぜ火災現場への進入を阻止できなかったかが問題になった。 大邱地下鉄には「消防安全対策」では「火災の初期鎮圧に失敗した場合、司令室は後続列車の運行を中止させるか、 進入した列車は停車せずに駅を通過する」と定められていた。初期鎮圧後に運転再開すべきなのに、運転を続けながらの 状況判断を認める取り決めだったので、迅速な対応ができなかったと考えられる。
・ 防災訓練の不徹底
1079列車の運転士は、司令室への報告をおこたったことや、駅員が司令室に連絡した内容も簡略なもので、事実を的確に伝えてなかった。 大邱地下鉄は本火災の直前2002年12月、交通部門の安全文化大賞を受賞していたが、1997年開業以来、一度も総合的な防災訓練がされていなく、四半期に1度の個別防災訓練も報告されない程度の小規模なものであった。
B 車両の不備
大邱の車両は2000年3月に制定された鉄道車両安全基準のない時期に製造されたため、不燃・難燃性の基準が低く、放火後たちまち炎が広がり、有毒ガスが出たこと。
C 施設の不備
・ 排煙設備の不備(火災の事故がなかったため予備送風機導入が見送られた)
・ スプリンクラーの不作動、ただし車両内の放火には効果なし。
・ 本線と駅系統がほぼ同時に停電した。別々の送電系統だったので同時停電は考えにくいが、実際に起こった。 また、停電時につくはずの誘導灯も作動せず、運良く車外に逃れても逃げる方向を見失った。
【対処】
9時54分に消防署に第1報が入り、9時55分に出動命令が出された。
10時8分に現場に到着したが、すでに出入口から猛煙が上がっており、装備なしでは近づけない状態になっていた。
完全に鎮火したのは13時38分であった。
【対策】
不明
【背景】
地下鉄は1991年12月7日に起工式が行なわれた後、1997年11月26日に韓国ではソウル、釜山に次いで3番目の地下鉄 として辰泉〜中央路10.3kmが開通した。翌年5月2日には辰泉〜安心24.9km、さらに2002年5月10日には辰泉〜大谷1.0km が開業した。韓進重工業とシーメンスが製作した中形車両を採用し、ATO/ATCによるワンマン運転を行なっていた。
【知識化】
@ 非常時の情報伝達ほど、的確に行なう必要がある。
A 非常時への対応は訓練によって確保される。
B 安全基準は進化するが、現在稼動中の設備に反映されるとは限らない。
C テロなど故意による事故への対応が必要となってきた。
【総括】
防災施設は事故、利用者の過失、予想される天災などを想定しており、ガソリンを持ち込んで火をつける、毒ガスを撒く、時限爆弾を置くといった無差別殺人行為までは、考えられていない。しかし、近年このことを考慮せざるを得ない事態となりつつある。飛行機でのセキュリティチェックのようなシステムが必要性も出てきている。
ただ、直接原因は何であれ、事故が発生した場合の対応の重要性は変わらず、本事故はいくつかの教訓を示してくれている。

<引用文献>
   藤田崇義:大邱地下鉄火災 原因究明と再発防止に関する考察

以上