失敗百選
〜火山灰による航空機のエンジン停止〜

【事例発生日付】1982年6月24日

【事例発生場所】インドネシア上空

【事例概要】
   インドネシア・ジャワ島西部のグルングン火山噴火の際に 撒き散らされた火山灰により、上空を巡航中の航空機のエンジンが停止する という事態となった。

【事象】
   1982年6月24日、マレーシアのクアラルンプールから オーストラリアのパースに向かっていた英国航空9便のボーイング747-200は、 乗客247名乗員16名を乗せ、スマトラ島の南を巡航中、高度11470mで 4基のエンジンが停止するという事態に見舞われた。
   全推力を失った当該機は、グライダーのように滑空し始め、 高度を急激に落としていった。
   急降下中に乗務員が20回にも及ぶ再始動操作を試みたところ、 高度4030mで、1基のエンジンが回転しはじめ、他3基のエンジンも数十秒後に 同様に回転し始めた。
   再始動後のNo2エンジンが不調であったため、機長はこれを停止させ、 エンジン3基でジャカルタに向かった。
   ジャカルタでは夜であったため視界も悪く、 さらにはコックピットのウインドシールドに傷がつき前方がほとんど見えない状況 であったが、機長、副機長、航空機関士は当該機を着陸させることに成功した。
   乗員乗客は全員無事であった。

【経過】
   当該機はクアラルンプールを離陸後、順調に飛行を続け、 高度11470mで巡航、乗客には夕食が配られていた。    機長が休憩のためとコックピットを出たが、すぐに他の乗員に コックピットに戻るようにという連絡を受けたため、コックピットに戻ると、 副機長と航空機関士は、当該機のエンジン周辺で起こっていたセントエルモの炎に 見入っていた。
   それはまるでマグネシウムを燃やしたときにできる炎が エンジン内に入っているようであった。
   その直後、No4エンジンが停止し、他の3基のエンジンも次々と 停止していった。
   現在のジェット機において4基のエンジンが同時に停止することは あり得ないと思われていただけに、当惑したクルーは直ちにジャカルタに救難通信を 行い、4基のエンジン全てが停止したこと、また最悪の場合には当該機を海上に 不時着させる旨を伝えた。
   この無線通信は静電気の影響で大変聞きにくいものであり、 ジャカルタの航空管制官は内容を理解したものの、4基のエンジンが停止したという 事実は信じられないものであった。
   高度11470mから推力を失って滑空始めた当該機は、 20回に及ぶ再始動操作の結果、高度4030mで、1基のエンジンが始動し、 その90秒後に残り3基のエンジンも始動した。
   No2エンジンは始動したものの、回転が不安定であったため停止させ、 3基のエンジンで緊急着陸先のジャカルタに向かった。
コックピットのウィンドシールドは火山灰に傷つけられたために曇りガラスのようになり、 両端5センチほどの隙間からしか前方を見ることができなかった。
   さらに夜であったため、視界はかなり悪かったが、 コックピットクルー3名は、無事当該機をジャカルタに着陸させた。

【原因】
   当該機が飛行していた地域では、 当時グルングン火山が3ヶ月にわたって噴煙を上げていた。
   この事故の原因は当該機が火山灰雲に入ってしまい、 エンジンが火山灰を吸い込んでしまったことにより停止したものを考えられる。
     エンジン付近で見られたセントエルモの炎は、 金属表面が火山灰等の粒子中を通るときに静電気が放電することによって起こる。
   エンジンに吸い込まれた火山灰は高温に熱せられ燃料ノズルや タービンブレードに堆積してゆき、推力を低下させ、最終的にはフレームアウト (エンジン停止)を引き起こす。
   また火山灰の中を飛行すると、窓ガラスは傷つき曇りガラスのようになり、 与圧系統、計器等にも損傷を与える。
   火山灰雲は通常の雲とほとんど同じように見え、 昼間であっても区別することは難しい。
   事故が起こったのは夜間であったため、 さらに見えにくかったものを考えられる。
   また火山灰雲の密度は通常の雲よりも低いため、気象レーダーに映らないことも、 火山灰雲を避けられなかった一因である。
   1982年当時、火山灰の動きを観測し警報を発する装置や機関もなく、 噴火により舞い上がった火山灰が上空を飛行している航空機のエンジンに及ぼす影響についても ほとんど知られていなかった。
   この事例では、火山灰雲から抜け出すことでエンジンの再始動が可能になった ようであるが、火山灰による損傷はエンジンだけではなく窓ガラスや計器等にも及ぶため、 最悪の場合は墜落という事態になってしまう。

【対処】
   コックピットのクルーにより再始動操作が行われ、高度4030mのところで再始動に成功し、ジャカルタに緊急着陸した。

【対策】
   航空機が火山灰雲の中を飛行したことで起こったエンジン停止等の事故は 過去20年間に80件以上に上る。
   1989年にはアラスカのリダウト火山が噴火し、 オランダ航空のボーイング747が4基のエンジン停止という事態に陥っている。
   このボーイング747はアンカレッジ空港に緊急着陸し、 乗員乗客は全員無事であった。
   エンジン交換4基分などを含め被害総額はおよそ8千万ドル (およそ85億円)となった。
   この事故後、アラスカ火山監視所(Alaska Volcano Observatory, AVO)は 24時間間体制の監視を始め、噴火の兆候である数分間以上の強い揺れが観測されたときには、 連邦航空局(FAA)等の主要機関に通報が行くようになっている。
   このような地上観測のほかに、気象衛星に搭載されている酸化硫黄ガスの 広がりを測定する装置や、赤外線探知機により火山灰雲の広がりを測定する装置も加え、 より的確な拡散予測ができるようにしている。
   1991年に起こったフィリピンのピナツボ火山噴火の際は、 監視体制の成果により航空機のエンジン停止事故は起こらなかったが、 20機以上の航空機のエンジンに損傷を与えた。
   現在では日本の気象庁など世界9ヶ所に設置された航空路火山灰情報センター (Volcanic Ash Advisory Center, International Airways Volcano Watch等)が、 監視や火山灰拡散予測を行っており、事故再発防止に貢献している。
【知識化】
   不測の事態に陥った場合であっても、経験や知識に基づいた冷静な判断と的確な処置を 行うことで、最悪の事態を避けられることは多い。
   そのためにはシステムを十分に理解し、あらゆる可能性を考慮に入れた訓練等を行うことが 望ましい。
【よもやま話】
   このエンジン停止事故は、4発ジェット機のエンジン全てが停止した初めての 事例である。

【情報源】
http://www.geo.mtu.edu/department/classes/ge404/gcmayber/historic.html http://www.geo.mtu.edu/department/classes/ge404/gcmayber/engine.html http://www.geo.mtu.edu/department/classes/ge404/gcmayber/vaacs.html http://www.geo.mtu.edu/department/classes/ge404/gcmayber/ http://www.mainichi.co.jp/news/article/200303/11m/138.html http://www.exn.ca/volcanoes/alert.cfm http://www.geo.mtu.edu/department/classes/ge404/gcmayber/historic.html

以上