失敗百選 〜JR東海道線で救急隊員轢死(2002)〜

【事例発生日付】2002年11月6日

【事例発生場所】大阪府淀川区

【事例概要】
石垣の上のフェンス(高さ1.1m)を乗り越え、JR東海道線塚本―尼崎間の線路の敷地内に侵入し遊んでいた市立中学生2人 の内の1人がフェンスに面した最も外側の下り線路内で大阪発姫路行き「新快速」にはねられ重傷を負った。負傷した中学生 を救助するため、線路内に入った消防隊員4名の内2名が後続列車の京都発鳥取行きの特急「スーパーはくと11号」に接触し、 1人は死亡、もう1人は重傷を負った。運行を指令する指令員などの救助作業中の安全確保が適切でなかったためである。

【事象】
石垣の上のフェンス(高さ1.1m)を乗り越え、JR東海道線塚本―尼崎間の線路の敷地内に侵入し遊んでいた市立中学生 2人の内の1人がフェンスに面した最も外側の下り線路内で大阪発姫路行き「新快速」にはねられ重傷を負った。負傷した 中学生を救助するため、線路内に入った消防隊員4名の内2名が後続列車の京都発鳥取行きの特急「スーパーはくと11号」 に接触し、1人は死亡、もう1人は重傷を負った。
【経過】
19:10頃、付近で遊んでいた市立中学生10人のうち2人が石垣(高さ2.3m)の上のフェンス(高さ1.1m)を乗り越え、JR東海道線塚本―尼崎間の線路(上下2本ずつの線路が走る複々線)敷地内に侵入。
19:12、うち1人の中学2年男子(14)がフェンスに面した最も外側の下り線路内で大阪発姫路行き「新快速」にはねられた。「新快速」は約120m先に停車。「新快速」の車掌と、約50m手前に停車した後続の特急「北近畿17号」の運転士が現場に向かった。無線連絡を受けたJR西日本新大阪総合司令所の指令員が外側下り線の運行停止を指示
19:15頃、「新快速」の車掌が男子生徒を線路脇に運んで保護。指令員は各列車に「負傷者が線路脇にいる」と一斉無線で2回連絡。
19:20頃、指令員が塚本駅へ救急車の派遣、JR尼崎駅員に現場出動を指示。
19:25〜27頃、JR尼崎駅員2人が現場到着し中学生を確認、「新快速」の車掌から事故処理を引き継いだ。「新快速」の車掌と特急「北近畿17号」の運転士は駅員に「運転を再開して大丈夫か」と尋ね、駅員は「中学生は保護しましたし、問題ないでしょう」「まあ、支障ないでしょう」などと返答。
19:30頃、列車に残っていた「新快速」の運転士は、指令員から「運行再開は可能か」と聞かれ「可能」と返答。「現場の状況はどうか」と尋ねられ、「現場から離れているので分からない」と回答。一方、指令員は、中学生の保護が終わって安全な状態になったと判断、「新快速」については車両の最後尾が事故現場を通過しているため運行再開可能と判断し、「新快速」の運転士に運行再開を指示。また指令員は、列車に戻った特急「北近畿17号」の運転士に、現場の状況を確認しないまま「現場を十分注意して運転し、支障の有無を指令に連絡するように」と要請し、「新快速」に続いて特急「北近畿17号」に運転再開を指示。
19:34、特急「北近畿17号」の運転士も現場の状況を報告しないまま最徐行で運転再開。以降、指令員は一斉無線で計4回、周辺の列車に「注意して運転を」と呼びかけた。
19:35、特急「北近畿17号」が最徐行で現場通過。
19:36、特急「北近畿17号」の運転士は現場通過後、指令員に「現場に駅員がいるため、(後続の列車は)最徐行で」と無線連絡。ところが、指令員は「北近畿17号が最徐行で通過した確認の連絡」と誤認、「(後続は通常スピードでの)運転に支障はないか」と尋ねた。これに対し、特急「北近畿17号」の運転士は最徐行での運転のことと考え「支障はない」と返答。指令員は「後続列車の通常運転に支障なし」と誤判断し、大阪駅で待機していた京都発鳥取行きの特急「スーパーはくと11号」に対し最徐行通過などの指示を出さなかった。この食い違いにより、指令員は「安全な場所で救助作業が行われている」と思い込み(推定)、運行規制が敷かれないままとなった。これらの無線のそのやりとりを、特急「スーパーはくと11号」の運転士も聞いていた。指令員は、外側下り線を走行する新快速電車を内側線に振り替えたが、内側線にさらに特急を通せば駅の混雑が増すと考え新快速のダイヤ回復を優先させようと(推定)、特急「スーパーはくと11号」を外側下り線に走らせるよう指示。
19:37頃、淀川署員2〜3人が現場到着。
19:38、指令員が現場の駅員(52)の業務用携帯電話を通じて「新快速は内側、外側(事故線路)はまだ大阪を出ていないので5分くらいはない。次ははくと」と連絡。駅員は、携帯電話で指令員に「進行方向左側にけが人がいる」などと伝達。この際、けが人がいる場所が線路とフェンスの間であることは知らせなかった。駅員からの報告を受けた指令員は、事故で停車している列車の各運転士に対し、「駅員2人が現場に到着し、少年を保護した」との一斉放送を流したが、進行方向左側の線路脇で救助活動が続いていることは伝えていなかった。警官は現場の駅員に「運行状況は?」「列車は大丈夫か」と尋ね、駅員は「電車は(来ないから)大丈夫」「外に1本(事故のあった下り外側線路を特急「スーパーはくと」1本が通過するという意味)。新快速は内に振った(通常は外側下り線を走る「新快速」を内側の線に変更したという意味)」と返答。警官はこの専門用語が分からず(推定)、運転停止中と誤解。
19:42、「現場は安全」と誤認していた指令員は、大阪駅で停車中の特急「スーパーはくと」に進行信号を出した。
19:43頃、大阪市消防局の救急隊員4人が現場到着。警官と駅員のやりとりの直後に到着した救急隊員は警官に手招きされ、中学生の首をギプスで固定する作業を始めた。駅員は救急隊員が警察官と話をしているのを見て、救急隊員は警察官から運行再開の状況を知らされたと思い込み(推定)、運転再開を救急隊員には伝えなかった。また、駅員は救急隊員が到着して救急作業を始めていることを指令所に伝えなかった。
19:43〜、指令員は、事故後初めて現場を通常運転で通る特急「スーパーはくと」の運転士が無線を聞いたか気になり、注意喚起をしようと、「はくとの運転士、応答あったらどうぞ」と個別無線で6回呼び出したが応答はなかった。JR尼崎駅員2人は駅との交信だけが可能な無線機1台と携帯電話1台を持ち、駅に配備されていた列車無線機は持参していなかったため、「スーパーはくと」の運転士と指令所とのやり取りは傍受できなかった。
19:45、救急隊員2人が救急隊員が線路内に入り負傷した中学生を担架に乗せようとしていたところ、時速約100kmで通過したの京都発鳥取行きの特急「スーパーはくと11号」(5両)にはねられた。救急隊員の1人は死亡、もう1人は重傷を負った。この直前、指令員が通算11回目になる呼び出しで初めて「スーパーはくと」つながり、「現場付近で……」と指令員が切り出し、同時に、現場の駅員が接近する列車のライト気付き、『待避』と叫ぼうとしたが間に合わなかった。指令は、下り外側線の運行を再び停止。
20:00頃、消防救急センターから指令に、上下全4線の運行停止要請が入った。
20:05頃、指令から上下4線の運行停止を同センターに連絡。
20:45、上下4線の運転を再開。

【原因】
@ 運行を指示する指令員が、列車に戻った「新快速」の車掌から「けが人を保護し、駅員に引き継いだ」「運転再開に 支障はない」との報告を受け取った際、中学生の保護が終わって安全な状態になったと判断、「新快速」については車両 の最後尾が事故現場を通過しているため運行再開可能と判断し、「新快速」の運転士に運行再開を指示してしまった。
A JR西日本の運転指令用のハンドブック「指令員必携」(大型バインダー型の手引書で、運転指令担当の社員全員に配付)に は、列車の運用方法の基本的な決まりやダイヤの見方、各指令所の管轄エリアなどが書かれているが、人身事故の際の対応 の手順などについては、現場の駅員の判断に委ねる部分が大きく規定されていない。また、事故時に指令所が列車乗務員と 連絡を取り合うことは定められているが、事故対応を引き継ぐ現場派遣の社員との連絡は規定されていなかった。
B JR西日本の「運輸・車両関係触車事故防止要領」では、ポイントの清掃や除雪など、レールの中心から3m以内で作業を行う 際、列車との衝突を防ぐため見張り役の列車接近連絡員を置くことなどを定めているが、人身事故の処理は対象外であった。 列車接近連絡員は通常、現場から数十―数百m手前で監視しており、連絡員を配置していれば避難できた可能性があった。
C 駅員が警官との会話に鉄道の専門用語を使ったため、正しく情報が伝わらなかった。

【対処】
11月8日、救助作業中の救急隊員が列車にはねられ死傷する異例な事故のため、大阪府警察本部は、JR西日本に線路内の 救助作業中の安全対策に重要な手落ちがあったものとみて、JR西日本本社を捜索、業務上過失致死傷の疑いで調査を開 始した。
11日、JR西日本は、再発防止策で、輸送指令が現場の状況を詳細に把握した上で、現場責任者が警察、消防に運転の再開 を連絡するなど事故時の役割を明確化。これまでの慣例や経験に基づく行動をすべて明文化し、今月中にマニュアルを作 成。また、指令所と現場責任者との連絡のため「連絡専用携帯電話」を各駅に配備する、とした。

【対策】
12月6日(報道)、阪急は、現場で分かりづらい専門用語の使用を避け、例えば「上り」「下り」を「大阪方面」「三宮方 面」などと言い換えることにした。さらに、運転士向けの心得や、緊急事態対策規程など、職務内容に応じて3種類の規定 に分散していた人身事故の対応を、一本に統合したフローチャートを作成。この中で事故後、電車が運転を再開する場合、 指令が運転速度を指示する「最徐行」「徐行」の表現を「15キロ」「25キロ」と具体的に言い換え、復唱も義務付けた。 所轄署の担当者と連絡会議を順次開いた。
神鉄や近鉄では、経験や慣行に頼ってきた事故の対応手順を、具体的に明文化したマニュアルを新たに策定。神鉄は「現 場責任者」の新設を盛り込み、JR事故で課題だった現場把握や情報収集など連絡体制の強化を図った。
11月末、近鉄は人身事故を想定した訓練を初めて実施。
12月13日、全国消防長会近畿支部に所属する大阪、神戸、尼崎、姫路の各市消防局、高槻市消防本部など9消防機関とJR西日本、私鉄、大阪市交通局など9鉄道事業者による「鉄道事故安全対策調整委員会」設置され、初会合。軌道敷内での二次災害防止のための安全管理体制などを協議し、年度内に対策をまとめた。

【背景】
鉄道災害への対応については、消防庁救急救助課長名で2001年10月17日付で各都道府県防災主管部長宛に「鉄道災害が発生した場合に迅速かつ効果的に救助活動を行なうために鉄道事業者と協議すべき項目」を報告書として送付していた。鉄道局安全対策室長はこの報告を受けて2001年11月6日付で各運輸局鉄道部長宛に、消防機関からの消防救助活動に関する協議への対応を通達していた。
なお私鉄の近鉄や南海電鉄では、人身事故が起きた時には、運転指令が運行中の全列車に、現場の様子を伝え、「徐行」「停車」などを指示。最寄り駅から駆けつけた電鉄会社の現場の責任者が運転指令と連絡を取り合い、近くの列車が完全に停車したことを確認してからしか、救急隊員や警察官の立ち入りを許可していない。さらに、近鉄では、別の駅員が「列車監視員」として手信号器やハンドマイクを持って現場の数百m手前に立ち、万が一の列車接近に備えることがマニュアルで定められている。また同じJRでもJR東日本では、現場に行った安全責任者が線路内に人がいないことを最終確認してから、運転再開を判断することになっている。
【知識化】
@ 一時災害のあとの処理には、特に情報伝達の正確さが重要である。やはり模擬訓練によるレベルアップが不可欠であろう。
A 人間は非定常のことが起こると、定常に戻そうとする意識が働く。この事故の指令員だけではないように思われる。
B 思い込みが危険を招く。自分を守るのは、自分だけの意識が必要である。本事故のように、救急隊員が駆け付けた時 には既に駅員や警察官が現場にいても、「後続列車は停止しているはず」と判断してはいけないようだ。
【総括】
JR西日本からの119番通報であり、救急隊員が駆け付けた時には既に駅員や警察官が現場にいた。それを見た隊員が「後続列車は停止しているはず」と思ったのは当然だろう。
指令員は事故でダイヤが乱れた際は、安全を確保したうえで、ダイヤを元通りに戻すのが最大の任務となっている。すべてを止めると乗客に迷惑をかけるし、列車を止めるには勇気がいる。現場の状況を手に取るように知りたいのはやまやまだが、限られた時間で素早く決断するためには、断片的な情報でも運転再開する傾向があることがこの事故から伝わってくる。それにしても、事故の1年前には、この事故を予測したかのような書簡が関係者に流れていたのに、実際に対応したのはこの事故の後とは情けない。    

以上