失敗百選
〜セベソの農薬工場でのダイオキシン爆発(1976)〜


【事例発生日時】 1976年7月10日

【事例発生場所】 イタリア セべソ

【事例概要】
   ICMESA社のセベソ農薬工場で、 トリクロロフェノール製造中、 反応器が破裂しトリクロロフェノール蒸気が高さ30〜50mまで放出。
数日後、22万人が発疹やかぶれ、吐き気を訴えた。
反応器内部温度が危険限界温度(想定していた温度より低かった)を超えた ためであった。

【事象】
   ICMESA社のセベソ農薬工場で、 トリクロロフェノール製造中、 反応器が破裂しトリクロロフェノール蒸気が高さ30〜50mまで放出。
数日後、22万人が発疹やかぶれ、吐き気を訴えた。

【経過】
   9日、 トリクロロフェノール(TCO)製造のため、 エチレングリコール3235kg、TCB2000kg、キシレン609kg、 水酸化ナトリウム1000kgを反応器に仕込んだ。
   16:00、 反応開始。
   10日04:45、 反応器加熱停止。
   05:00、 反応器の攪拌機停止、常圧に戻した。この時の内部温度は 158℃だったので、反応器コイルへの冷却水の注入はせず、 温度記録計の電源を切り、作業員は職場を離れた (危険限界温度は230℃とされていた)。
   その後、反応器内容物の温度が320℃以上 にまで上昇、反応暴走となった。
   12:37頃、 反応器の安全破裂板(320℃、3.8barに設定)が破裂、 2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)を含む 2,4,5-トリクロロフェノール蒸気が高さ30〜50mにまで放出。
   13:00頃、 反応器コイルに冷却水を注入して冷却し放出は止まった。
   放出物が冷却して地上に降下、 白い結晶粉末を住宅地や畑に降らせながら、北風にのって 南方に拡散。汚染地帯は1807haに及んだ。
   数日後、22万人が発疹やかぶれ、吐き気を訴えた。
   州政府は1790haの土地を立ち入り禁止にし、 付近の40世帯200人以上を集団移転(強制疎開)させた。
   集団移転した住民の中に死産や異常出産発生。
   鶏・兎80430羽、豚2333頭、牛349頭、 馬49頭、山羊49頭、羊21頭屠殺。

【原因】
   作業員が反応器の攪拌機を停止し常圧に戻した。 この時の内部温度158℃だったが、反応器コイルへの冷却水の 注入はせず、温度記録計の電源を切り、作業員は職場を離れた。
   危険限界温度は230℃とされていたが、 それより低い170〜190℃で発熱が起きることが事故後に判明した。 結果的に誤った情報でプロセス温度を制御していたことになるが、 過去の同種プロセスの事故の経験から反応混合物が230℃を越すと 発熱して危険となることが知られていた。
   その後、反応器内容物の温度が320℃以上 にまで上昇、反応暴走した。
  1. 反応器内部温度が実際の危険限界温度を 超えた・・・・・未知の事象発生
  2. 温度記録計の電源を切った・・・・・環境変化 への対応不良 温度記録計が動作していれば、あるいは 温度上昇に気がついて防止できた可能性がある。
  3. 作業員が職場を離れた・・・・・安全意識不良(組織に起因)
    上記とも関連するが、作業員が現場にいれば、 異常を早期に発見できていたかも知れない
【対処】
   事故直後、ICMESAの親会社であるスイスの Givaudan社は社員を現地に派遣し、TCPなどの薬品と機密資料を スイスに持ち帰り、対策本部の要求に対し資料公開を拒否。

【対策】
   1982年6月24日、EC理事会は、 指定された危険物質を取り扱う化学工場は、安全に操業するための 方策を講じて所管官庁に届け出るとともに、緊急時の避難方法 を含めて住民に説明することを義務付ける 「Seveso指令(工業活動の事故防止と環境影響への配慮)」 を出した。
   この年、ダイオキシン汚染土を封入保管していた ドラム缶が紛失。8ヶ月後に北フランスの小村で発見された。 引き取りをめぐりイタリア、フランス間で紛糾の後、 Givaudan社の所在するスイスがひきとり焼却。
   1989年3月22日、国連環境計画(UNEP)が 中心となり、47品目の廃棄物を発生国で処分することを原則とする 「有害廃棄物の越境移動およびその処分の規制に関する条約」 (バーゼル条約)を116ヶ国間で採択。

【背景】
   Givaudan社(世界大手の製薬会社 F.Hoffmann la Roche社の子会社)はスイスより規制の緩い イタリアに進出して、1970年から、子会社のICMESA (Industrie Chimiche-Meda-Societa Azionria)でスイス向けに TCPを製造。
Givaudan社は、TCPを薬用石鹸の有効成分となる ヘキサクロロフェンの製造に使用。
F.Hoffmann la Roche社は、1969年以来、ICMESA社に 直接出資していた。

【知識化】
  1. 過去の事故に学ぶことは大切だが、 徹底的に分析することが不可欠である。
  2. 事故の被害を大きくする要素として ヒューマン・エラーがある。    温度記録計の電源オフと作業員の 現場離脱であるが、現場作業の慣れも考えられる。
       また、温度上昇度合いを、計測する 警報システムも有効と思われる。
  3. 事故の当事者は情報を隠す。 ICMESAの親会社であるスイスのGivaudan社の事故後の動き。
【総括】
   本事故の製造プロセスで危険限界温度の設定は、 過去の同種プロセスの事故の経験から反応混合物が230℃ を越すと発熱して危険となることから230℃と決められていた。
   したがって、未知の事象発生と捉えることができる。 しかし、どうすればこの事故を未然に防げるかとの観点で見ると、 危険限界温度設定の安全率の設定が必要ではなかろうか。 すなわち、反応器内の条件変化を考慮した、十分な温度マージンの確保である。
また、温度記録計の電源切断や作業員の現場離脱など、 事故の被害を大きくした要素はヒューマン・エラーといえる。

以上