失敗百選 〜ミレニアム・ブリッジの閉鎖〜

【概要】
   テムズ川にミレニアム・ブリッジが開通した。開通後、 多くの人々がこの橋を渡りに来たが、歩行者により橋桁が横に揺れ、 その振幅が数センチに達したため、危険ということで、開通2日後に閉鎖された。 あまりにも橋の剛性、特に横方向の剛性が低いことが原因であった。 写真1は、ミレニアム・ブリッジとセントポール寺院である。

【日時】
   2000年6月12日

【場所】
   イギリス ロンドン ミレニアム・ブリッジ

【事象】
   2000年6月10日、テムズ川に歩行者専用の橋として、 1,820万ポンド(約33億円)をかけて建設されたミレニアム・ブリッジが開通した。 開通後、多くの人々がこの橋を渡りに来たが、歩行者により橋桁が横に揺れ、 その振幅が数センチに達したため、危険ということで、開通2日後に閉鎖された。

【経過】
   2000年6月10日、テムズ川をはさみ、 対面する北岸のセントポール寺院と南岸のテート・ モダン現代美術館を一直線に結ぶ歩行者専用の 「ミレニアム・ブリッジ」が開通した。オープンしたての 「テート・モダン現代美術館」の爆発的な人気も手伝って、 8万人から10万人の人々が橋に殺到した。
   その日は、一日中強風が吹き荒れていた。 そんななか、歩行者数の制限も特にないまま、大勢の人々が通行を開始した。 ところが橋が、突然横揺れ状態(最大70mm程度)になり、 歩行中の人々はパニックに陥り、手すりにしがみついたり、 気分が悪くなって引き返したりした。
   開通2日後の6月12日に閉鎖した。
   原因調査を開始し、対策後2002年2月22日に通行を再開した。

【原因】
   横揺れ発生のメカニズムは、以下の通りである。
   人が橋の上を歩行するときに発生する少しばかりの横方向の力 (1人の場合約10N)が、橋に作用する。(図1)




大勢の人がたまたま歩調を合わせると、それによって橋が少し横揺れする。 人々はその横揺れに合わせて歩き出す。ついには橋の横揺れと人々の歩調が同期し、 共振して大きな横揺れになってしまった。
   デザイン的には素晴らしい橋であったが、 橋の横剛性が低すぎる設計であった。
   設計したArup社は、この横揺れはミレニアム・ ブリッジ特有のものでなく、横周波数1.3Hz以下の橋で、 ある人数以上の歩行者がおれば、他の橋でも起こりうるとしている。
   そして、調査の過程の話として、ミレニアム・ ブリッジとまったく構造が違うが1975年Aukland Harbour ブリッジでの、 歩行による横揺れのビデオを発見した。しかし、その現象は広く公表されていなく、 橋梁の専門家の目に触れていない、としている。

【対処】
   当初、歩行人数が制限されたが、依然横揺れは解決せず、 原因は不明のままであった。ミレニアム・ブリッジ公団側は 「安全性に対し問題はない」としながらも、開通2日後の6月12日に橋を閉鎖し、 原因調査に乗り出すことになった。設計を担当したArup社が、 対策プロジェクトを編成して調査を開始した。

【対策】
   対策案としては、橋の剛性を上げて、 歩行のステップと共振しないようにすること、 およびダンパーを追加しエネルギーを吸収することの2つの方法が検討された。 共振を逃げるため剛性を高めるには、多くの補強が必要なこと、 外観が大幅に変更してしまうことなどの理由により、 ダンパーの追加案を採用した。
   横方向の動きを吸収するダンパーは、 粘性ダンパーが採用された。(写真2:四角に見える箱がダンパーである)


   また、歩調を揃えた兵隊などによる、 垂直方向の共振防止としてのダンパーも、念のために追加された。
   なお、兵士の行進によるつり橋の落下事故は、 1831年イギリスで・マンチェスター郊外アーウィン川での事故と、 1850年フランス・アンジュールのメーヌ川での事故が有名である。
   対策には、500万ポンド(約9億円)かかった。
   最大約2,000人の揺れテストなどが行なわれ、 2002年2月22日再度開通した。

【総括】
   この橋の構造設計を担当した会社は、 イギリスのArup社という世界でも有数の設計コンサルタントであった。 そのレベルの設計でも、このような設計ミスを起こしてしまうのである。 Arup社のホームページにこの事故と対策について掲載しているが、 ミレニアム・ブリッジのみでないなど、やや責任回避的と思われる記述もあるが、 公共施設の建設にも過去の失敗に多くの学ぶことがあることを、 この事故は教えている。

【知識化】
  1. 共振すると、構造物や機械は簡単にこわれてしまう。
  2. 事故は想定した条件を超えた部分で容易に発生する。
  3. 新しいチャレンジには、関連情報の収集・解析が不可欠である。
【背景】
   イギリスでは21世紀を迎えるということで、 記念として3つのミレニアムプロジュクトが実施された。 ドームと大観覧車とミレニアム・ブリッジである。 ドームは企画が悪く人が集まらず、大観覧車はトラブル続きで、 最後のミレニアム・ブリッジに期待が集まっていた。
   ミレニアム・ブリッジは、著名な建築家フォスターと、 彫刻界の大家アントニー・カーロがデザインし、 その提案がコンペで一位をとった鳴り物入りの橋であった。 ケーブルを水平に渡し、それに桁を持たせた。極めて軽い、 透明感のある橋で、都会的な、そして斬新な橋である。 ミレニアム・ブリッジは、ロンドン中心部では1894年開通のタワー・ブリッジ以来、 108年ぶりにテムズ川に架けられた橋であった。

【引用文献】
   AruP社:http://www.arup.com/millenniumbridge/
   山田構造設計事務所:ttp://homepage2.nifty.com/ y-structure/index.html