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  失敗百選 〜技術試験衛星「きく6号」静止軌道投入失敗〜

【事例発生日付】1994年8月29日

【事例発生場所】日本 種子島

【事例概要】
種子島宇宙センターから打ち上げの「きく6号」、静止軌道への変更のため小型エンジンを噴射しようとしたが、 燃料弁作動不良でエンジンの出力が上がらず、静止軌道への投入を失敗した。

(写真: 種子島宇宙センター Sydrose提供)

【事象】
種子島宇宙センターから打ち上げの「きく6号」、小型エンジンの出力が上がらず、静止軌道への投入を失敗した。
【経過】
28日、HU2号機ロケットで、技術試験衛星「きく6号」(重さ2トン)打ち上げた。
29日、予定通りの軌道(長円軌道)を回っていることを確認した。とこらが、衛星の姿勢を検知するための太陽センサーに異常を発見した。地上からセンサーの回路を調整するために送った指令に、誤りがあったことが判明(当初、コンピュータミスの故障と報告していた)静止軌道への修正は翌日に延期された。
30日6:13、静止軌道への第1回目の軌道修正のため(合計3回の予定)、きく6号の軌道修正用小型液体アポジエンジンに噴射指令を送ったが、燃焼圧力が予定の約1割しか出なかった。
6:21頃、地上からの指令で燃焼停止。
31日13:58、再度アポエンジンに噴射指令を送ったが、弁が少ししか開かず、一旦指令を中止した。
14:12、再度噴射指示を出すが、燃焼圧力が上がらなかった。
14:19、もう一度噴射指令を送ったところ、今度は逆に弁が閉まらず、噴射停止指令を出しても、弁は開いたままとなり、エンジンは制御不能となった。この時点で、静止軌道への投入を断念した。
9月1日未明、アポジエンジンの酸化剤が切れ、エンジン燃焼が停止したため、アポジエンジンは衛星本体から切り離された。
【原因】
 
  1. 1.ピストンのばねがシリンダーの段差の角に噛み込み・・・・・設計ミス(知識不足)
    アポジエンジンに噴射指令を送ったが、推薬(燃料・ヒドラジンと酸化剤・四酸化二窒素)の噴射量を調整するピストン をシリンダー内で押さえている外側の太いばねが、横ずれを防ぐ機構がなかったため(内側の細いばねにはある)、 打上げ時の振動で不規則振動を起こし、ばねの位置がずれ、シリンダーの段差の角に噛み込んだ。 このため、推薬供給弁が完全に開かず、推薬の量が不足し十分な燃焼が得られず約1割の出力しか出なかった。ばね座がなく、 ピストンを真っ直ぐ動かすガイド部をシールで代用する設計ミスであった。
  2. 2.地上実験との環境条件の違い・・・・・環境調査不足
    上記の状態で、地上から燃焼指令を送ったため、ばねが干渉してピストン面が傾き、シール部(軸受部)で潤滑用酸化膜 が剥がれ、超高真空中で摩擦が増し、ピストン軸がつかえて動かなくなったか、あるいは、弁を閉じるために燃料 (ヒドラジン)を宇宙に気化放出した際に、パイプ途中で凍結し閉塞、燃料が放出されず、弁が半開きのままとなった ため(推定)、制御不能になった。宇宙では、いったん剥がれた酸化被膜は形成されない。また、燃料の凍結もしない。
  3. 3.開発体制の不備
        「きく6号」以前の衛星は、宇宙開発事業団が主契約企業を1社指定し、主契約企業がベンダー各社に通信機、 アンテナなどを発注する形式であったが、今回は事業団自ら主契約企業の役目を果した。産業育成や参加企業各社 の技術力を均等に維持するためや事業団自身の技術陣強化の目的もあったと考えられるが、設計、開発、品質管理 の責任が従来と異なり、あいまいになった可能性が考えられる。
【対処】
4月1日、田中真紀子科学技術庁長官は記者会見で、「お詫び」会見し、宇宙開発委員会に原因と対策を審議する特別調査委員会を設置、メンバーを衛星打ち上げに利害関係のない第三者とし、大学や国立研究機関などから衛星技術に詳しい研究者を20人弱(結果18名)選ぶ。一方、長円軌道を回ることになった衛星を使い、できる限りの実験をしていく方針を表明した。   同日、郵政省は「ETS-Y(きく6号)対策連絡会を設置し、第1回会合を開いた。郵政省の通信総合研究所、宇宙開発事業団、NTTの技術 担当者と協力し、現状で可能な限りの実験を実施する方針を探っていくことにした。
9月3日、午前中に筑波宇宙センターからの指令で太陽電池パネルを展開、 午後には地上や他の衛星との通信に使われるアンテナ(大小6個)の展開に成功した(ただし展開確認信号届かず)。
11月1日、衛星寿命を1年半から2年の延ばす(当初は10年)ため、イオンエンジンを使って、 放射線の強いバンアレン帯から軌道を修正するための作業を開始(1ヶ月の予定)。
11月11日、軌道制御用の推進設備の一部と測定装置が正常に作動しなくなったと発表。
1995年4月28日、バンアレン帯の外帯で放射線の強さが変動していることを発見した。
1995年6月8日、米国上層大気圏観測衛星「ユアーズ」との衛星間通信に成功。

【対策】
1994年12月27日、宇宙開発委員会の特別調査委員会は、下記の最終報告書をまとめた。

@ 小型エンジンの故障は「予見は困難だった」としながらも、今後、開発体制の充実、 強化を検討すべきと指摘。故障のきっかけになった宇宙空間の真空中の摩擦や凍結の 研究のため、地上での模擬試験を充実させることや、必要に応じて宇宙での実証実験 をすることが大切とした。
A 太陽センサーへの指令ミスについては、異なる人間が点検を重ねる審査体制を敷く。
B アンテナ展開信号の微小スイッチの変形については、電気回路を採用した仕組みにして変形がおきないようにする。
C 宇宙開発事業団の開発体制も不十分であり、これまで対象にしてこなかった機構部品についても設計基準や開発指針を設けること。開発の細かな段階で外部の専門家を交えて助言を求めること。

1995年9月6日、宇宙開発委員会は、実用衛星には保険加入を活用が望ましいと判断した。
【背景】
「きく6号」は重さ2トンで世界各国の衛星の中でも最大クラスである。宇宙開発事業団と郵政省通信総合研究所、NTTが計450億円を投入して開発した(さらに打ち上げロケットの費用190億円、追跡費用含めると合計約700億円)。
2000年ごろに各国が突入する宇宙通信多様化時代を見越して、混雑する周波数問題を解決するため、未開拓領域のミリ波(Oバンド)の衛星通信の開発など、世界に先駆けた様々な実験を行なう予定であった。衛星通信ビジネスは世界各国が参入。電波の割当てや、ルール作りが急務となっていて、通信実験のまとめ役の郵政省では「通信の多様化、ディジタル化など、技術面で世界をリードするために、今回の基礎実験は貴重な一里塚」(宇宙通信政策課)と成果に期待をかけていた。  
【知識化】
@ 単純な設計ミスが大きな損害をもたらす。
ばねの設計は大いに疑問だが、それにしても次々と小さな不具合がでたものである。
A 実際と実験の試験条件との違いが不具合につながる。
試験条件を実際の条件に近づけるか、できなければ仮想演習の徹底が必要である。
B 失敗してもできるだけ有効活用を図る。
静止軌道投入は失敗したが、あきらめず最大限の活用努力をした。その結果、バンアレン帯での新発見や衛星間通信の成功につながった。「宇宙のごみ」にはしなかった。
C 他の組織との連携では、役割分担(含む責任所在)を明確にする。
特に、組織間に技術力の差が少ないときは、相手が検討しているだろうと、なり勝ちである。
【総括】
アポジエンジンは、大型衛星を静止軌道に上げるため独自技術で開発された液体燃料の高性能エンジンである。 従来の固体燃料エンジンとは違い、推進効率が高く、しかも何回にも分けて噴射できるため、衛星の制御がしや すいとされている。アポジエンジンは、1980年2月に米国製アポジ推進装置を使った実験用静止気象衛星「あやめ 2号」が爆発(ただし、固体燃料タイプ)。原因究明しようにも詳しい設計図面がない「ブラックボックス」だった という。今回は、石播、東芝、NEC、三菱電機が参加するプロジェクトで開発していた。問題のアポジエンジンの 開発過程では、石播が地上施設で長時間の燃焼実験を実施していた。

以上